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若者離れ / 電通若者研究部

影響力を可能性と言い換えるなら、日本は「若者の可能性を、社会に活かせない仕組み」に陥っているおそれすらあるといえます。
「面倒で話も合わないし、大して数もいない」という理由で、日本社会が若者離れしているのと同様に、「センスが古くてガラパゴスだし、大して数もいない」という理由で、「世界が日本離れ」していくおそれすらも十分にあると感じます。
(p.30)

ポイント

・若者が既存のものから離れていく「若者の〇〇離れ」は、大人が世代に寄り添わなくなっているという大人の「若者離れ」であるかもしれない
・若者特有の力として大きなものは前提打破力である
・少子化によってものの量の影響力が減ったことにより、競わないことがデフォルトとなっている
・本質的欲求・環境要因・現象があり、現象しか外面からは見えない。しかし相手を理解するためには本質的欲求を知る必要がある。それを知らないと「最近の若いもんは〜」というコミュニケーションしか生まれない
・世代が違うことは仕方ない。尊重し合う「ズレ愛」のスタンスが重要

個人的のーと

・「I」の有無によって変化する現代の若者らしさ
・寛容性⇄無関心
・客観性⇄評論病
・素直さ⇄盲信
・謙虚さ⇄自信レス
・自由さ⇄優柔不断
・協調性⇄気にしい
・合理性⇄頑固

おじさん!これ!読んでください!

ああ、年取ってきたな、と感じることは22歳にもなれば結構な頻度であるわけです。でも、社会の中で見ればそれなりに若者なわけで、世代が上の人と話すと「最近の若い子はそうなんだね〜」なんて言われることも多いわけです。

若者がどんな風に考えているのかを本当に理解しているおじさん世代が少ないなあと感じるのは、インスタの映えがなんか間違ってる人を見る時、とかなんかにも感じます。

若い世代はSNSやリアルや、リアルの中でも本音を話せる仲良しなどたくさんのキャラクターを持っていて、それに合わせてたくさんのアカウントを使いこなしていたりします(詳しくは本書を参照してください)

でも、それを知らないと、かなり気を使って投稿されている一般用垢だけでその人を判断しかねません。私は裏垢とか使いこなせないタイプなので仲間内を狭くしたアカウントは作っていませんが、それでも趣味アカやブログ垢などインスタ・ツイッター共にいくつかずつ持っています。

でも、そういう多面性をみんなが持っているからこそ、私たちはお互いにどこまで干渉するかなどという距離の取り方を自然と身につけてきたんだと思います。それが消極的だなどと言われるのかもしれません。

若者離れという減少

近頃の若者は〜と言われるのは癪ですが、近頃の若い子は〜といってしまう感覚がわかるようになってしまうのが22という年齢でもあります。だって、最近の中学生って困難流行ってるらしいよ!やば、みたいな会話もしますし、それなってうちらがよく使う言葉ってもう古いらしいよ、え、まじか、みたいな会話だってあるわけです。

え、やば、ついてけんわ〜 って思ったら終わりですね。世代が変わるのは仕方のないことですが、違うということを受け止めて対話することが必要になってくるんですね。

「え〜それ平成っぽい」

といわれる時代はすぐそこです。いや、もう令和だから来てるのか。やだな〜。この間AKBのヘビーローテションのPVをカラオケでみたら、メイクがケバくてびっくりしたもんなあ。

時代は移りゆき、人が育つ環境も変わる。その中で育っていく若者世代から、これから少しずつ都市は離れていくとしても、コミュニケーションの取れる大人になりたいですね。

若者だってついていく大人は選んでますよ。ほら、松岡茉優さんだってそういってる。(本文より)

約3行感想

これこれ、こういうこと、と思うということは、よっぽど若者って社会からしたら遺失物なんだろうなって思います。それはそうか、社会っていう枠組み自体大人世代が作ってますもんね。変化を恐れない気持ちもオトナに必要ですね。