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万引き家族 / 是枝裕和

りんがりんでないように、信代は信代ではなく、治も治ではない。亜紀も含め、この家で暮らす家族のほとんどがふたつの名前を持っていた。
(p.135)

家族とは、こんなに苦しいものなのか

万引き。紛れもなく犯罪で、手を出してはいけないもの。それなのに無邪気であってほしい子供が、生活のために仕事として行なっているシーンから物語は始まります。

全くお金がないわけではないけれど、そこに十分な資金はないのです。家族の生活を保つには、足りない資金しかありません。

後先も考えずその場だけが楽しければいいという治。
治に教えられた「仕事」をする、学校に行けない利発な少年祥太。
人の嫌がることをわざとして楽しむパチンコ好きのおばあちゃん初枝。
おばあちゃんに異様なほど甘える風俗嬢の亜紀。
治が拾ってきた、親からの虐待を受けていた少女りん。
親に愛されなかった自分をりんに投影し、人を突き放すくせに誰よりも家族に依存する信代。

彼らはいびつな形をした家族です。なぜでしょうか、それは彼らが本当の家族ではないからです。そして彼らは、世間から隠れるように偽の名前を纏って生きているのです。

彼らの生活の危うさは、単に本当の家族ではないというところからくるのではもちろんないと思います。彼らは、罪を重ねて生きており、それを隠しながら普通を装って生活しているからではないでしょうか。彼らは偽らねばならない生き方をしているのです。

家族の愛情も偽りなのか

信代は、選んで共にいる家族の方が絆が強いのだと信じたがります。信じたがっているのです。それは、彼女が本当の両親から愛されず、いらない子供だとされていた彼女の、家族愛への執着でもあると思います。自分が所属するものの中で、必要とされたい、承認されたいという欲求です。

彼女が信じたかったこの家族の信頼は、ある事件によって大きく転ぶことになります。そこにあるのはある種の裏切りでもあり、別れでもあります。でも、だからといって一概に家族の愛情が偽りだったと言えるのでしょうか。

本当の家族ではないと突きつけられながらも、自分より相手の未来を幸せにしたいと自分が身を引く覚悟ができるのか。それは大きな問いであると思います。偽りの家族だったとしても、それを拠り所としていた自分を認めないわけにはいきません。それを信じた自分を否定して生きていくのは酷すぎます。

無条件に認め合えるものが何もなかったからこそ、寄せ集めとも言える家族だったからこそ、誰かに必要とされていたということよりも自分が彼らを大切に思っていたという思いにより強く気付かされるのだと思います。

彼らの罪でつながれた鎖は重いものだったのかもしれません。しかし、そこにちゃんとかすかないとしさがあったと、読者も認めざるを得ないのだと思います。

万引き家族

犯罪の上に生計を立てていた家族。互いに干渉し合わず、探り合い、協力はしないがチームであった家族。足りないものを、取り繕って、それでも必死にその生活を守ろうとしていた家族。

これはただ不幸な話なのでしょうか。これを偽りの家族の犯罪の話としていいのでしょうか。愛情がなかったのではなく、その示し方がいびつだったということではないでしょうか。どんなに相手が大切だと自分の心が気づいていても、それは許されない、社会の当然が許さないという悲しみなのではないでしょうか。

社会や当然の基準というものと、それに争わなければ生きてゆけない世界について考えさせられました。